釣りとギャンブル

釣りとギャンブルは全く違うものだと考える人もいます。それについて執筆する人もいるかもしれませんね。しかし、釣りとギャンブルの概念や共通点について検証した論文が存在します。Mark Griffiths博士とMichael Auer博士は、「How Much Is Fishing Like Gambling(釣りとギャンブルはどれほど似ているか)」の中でその件について論じています。彼らはこの2つについて興味深い概念を取り上げていますが、個人的に私も彼らと同じ見方をしています。この2つの異なる活動には共通点があるのです。

 時間を忘れさせる – お父さんや叔父さん、またはお祖父さんと一緒に釣りに行ったことはありますか?私はいとこと一緒に釣りに行った時のことを覚えています。あれは夏の始め頃のことで、お昼ご飯に魚を釣ろうとしていました。魚が「あと一歩で釣れそう」な状態から川にもぐってしまうたびに、ますます次の魚を釣ろうとする気持ちが高まり、時間が経つのを忘れていたものです。ようやく帰ろうとしたのは、午後を過ぎた頃でした。時間が経つのも忘れるほど、楽しく興奮に満ちたひと時だったのを思い出します。

釣りは、時間を忘れてしまうほど楽しくて興奮するものです。そして、ギャンブラーが時間の経過に気づかないギャンブルも同じです。

繰り返される行動 –私たちは次々と魚を釣り上げようとしましたが、それは驚くほど素晴らしい体験で、何度も同じことを繰り返していました。とにかく止める理由がないように思えたのです。釣れるかもしれないという期待を胸に、いとこ達と一緒にどんどんエサを付けては、釣り竿を握りしめ川面を見つめていたものです。これはギャンブルに似ています。人は「何度も負ける」ことを無視して、「勝ちに近い」賭けを続けることを選びます。これは、釣りもギャンブルも繰り返し行動を起こさせることを意味します。

中毒性 – 釣りにおける中毒性を考えた場合、突然の勝敗が、より多く賭けたい、より餌を放り投げたいという衝動を高めることは否定できません。ギャンブルが中毒になるのは「勝ちそうになる」からであり、釣りも「釣れそうになる」場面があると、同様の影響が考えられます。これら2つの活動の類似性は明白です。

 満足感とフラストレーション – これらの感情は釣りでもギャンブルでも当てはまります。大きな報酬による満足感は、最初に釣り上げた魚と同じように甘いものです。一方で、もう少しで釣れそうだったり、大当たりが出そうになったり、何度も負け続けるとイライラします。

 迷信に頼る – 面白いことに、どちらの活動もゲンを担ぐ傾向があります。ラッキーキャップをかぶると魚が釣れると信じたり、食いつきが悪いようであれば餌を変えたりします。また、ギャンブルの場合は幸運のお守りとしてコインを靴の上に置いてみたりもします。どちらも運と偶然を信じる点では同じです。

  勝ち負け – ギャンブルには勝ち負けがあります。釣りも同じで、2匹立て続けに釣れることもあれば、何も釣れないこともあります。こうした点でも2つは似ています。